いっぽ一歩日記

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今年こそ歩いてみたい!「小豆島お遍路」のススメ


皆さん、こんにちは!いっぽ一歩堂の店主、佐々木です。

小豆島お遍路を紹介されている記事を見つけました。

歩き遍路をしてみたいと思ってる方にお勧めかもしれません。

 

以下、記事の転記です。

 

 以前小豆島を一周するには車が一番、というお話をしましたが、本音を言います。時間が許すのであれば、いや、時間を作ってでも、とお勧めしたいのは歩いてまわること。さらにお遍路さんになって歩いていただくと、小豆島の印象が大きく変わり、楽しさもグッと深まります。

 

 小豆島のお遍路は、全行程の距離が約145km。全てのお寺をお参りしながら歩くと、健脚の方であれば約一週間ほどかかります。全て歩く自信のない方は観光の一部に取り入れて、半日だけでもぜひ歩いてみてください。

 

 「いやー、でもお遍路ってあれでしょ? なんか思いつめたような顔で黙々と歩く、なんか暗い雰囲気の修行みたいなんでしょ? それはちょっと私には・・」

 

 そんな風に思う方も、ゼロではないはずです。

 

 私はちょうど30歳になった翌日から四国のお遍路歩きを始めました。同じ香川県の地元の友人にそのことを伝えると、「え、四国って、30歳になったら遍路せないかん習わしとか、あったっけ?」と友人の間で結構本気で囁かれていたそうです(後日談)。ちなみに地元の友人親族含め、私の周りでお遍路歩きをした人は誰もいません。また、一緒に歩いた兵庫県出身の友人は、お遍路歩きに行くことにした、と彼女の友人に言ったところ、「悪いこと言わんからやめとけ」と止められたそうです(実話)。

 

 実際私自身、歩いてみるまでは良くも悪くもイメージが特になく、単純に四国生まれの身として死ぬまでに一度は歩いてみたいなー、でもばーちゃんになってからでもいいかー、というくらいの思いでした。

 

 けれど今、まだ若い方(または歩く体力のある方)で当時の私と同じように考えている人がいれば、声を大にして言いたい。今!歩こう!!!なぜか。お遍路を「歩く」というのは、最も贅沢なことだからです。

 

 健康・時間・お金、この3つがないと歩き遍路はできません。バスで周るお遍路ツアーはたくさん催行されていますが、そのバスツアーに参加されたご年配の方々にお寺で出会った時、よく「ええねぇー、歩けて。私も歩きたいけど、もう足がね・・」と言われました。そう、ご年配の方のイメージが強いお遍路ですが、退職して時間とお金ができたとしても、健康じゃなければ歩けないんです。そして本当に楽しい。普通の観光では味わえない面白さがあり、一度歩くとハマって何回、何十回、何百回と歩いている人もいるくらいです。

 

 千年以上の歴史のある遍路については数々の文献があり、知れば知るほど深い世界ですが、こちらではあくまで私個人の見解と経験により、難しい漢字が多いお遍路ガイドブックの内容とは少し違う切り口でご紹介しようと思います。これで少しでも興味を持ってくださる方がいれば幸いです。

 

 ハイキングももちろん楽しいです。でもハイキングはだいたい「〇〇山登山口」「散策道」なんていう看板があって、「今ハイキングしている」始めと終わりが明確なことが多いのではないでしょうか。そして頂上や絶景ポイントなど目指す場所があって、そこでの休憩が楽しみだったりします。

 

 お遍路も、お寺を目指したり、お遍路道として表示されている印に沿って歩く点は似ていますが、道のバリエーションがハイキングとはまるで違います。山のハイキングと同じような道もあれば、住宅地や商店街を歩くことも多いんです。誰かの家の敷地の中を歩かせてもらっているような道もあったりして、その土地の空気や季節感、人々の会話や生活を垣間見ることができます。そしてそれが数日、数週間と続きます。またお遍路は、最後に歩き始めたところへ戻って、歩いた軌跡が一つの輪になります。こういった巡礼は世界でも類をみません。

 

 地元の人々との交流があるお遍路で歩く人、通称「お遍路さん」は、普通に人々が生活している町中を歩きます。そこを普段の格好で歩くとただの見知らぬ人ですが、お遍路さんの格好をした途端に自分が「お遍路さん」と呼ばれ、急に親しく話かけられたり「お接待」頂いたりするので本当に世界が変わります。

 

 また、よその土地を歩かせていただいているので自分からも挨拶をします。お遍路さんについてしっかり教育されている地元の小学生たちから「こんにちはー!」と挨拶されることも多々あり、その都度ハッとさせられます。これらが自転車や車だとほぼスルーされてしまい、お寺で納経をもらうことだけが目的になりがちです。各お寺ももちろん立派で魅力は多いですが、やはり修行ですから道中に一番の醍醐味があると私は思っています。

 

 そうしてがんばって歩いて辿りついたお寺では、まず息を整えてロウソクや線香、お札などを取り出し、お参りする。「動」の時間から「静」の時間へ。無事に辿りつけたことに感謝し、心を静めてお経を唱える。瞑想のような時間を過ごせます。

 

 「お接待」というのは、お遍路を歩く人々に地元の方々が食べ物や物品、金銭などを無償でくださること。自動販売機も何もない時代に歩いて旅を続けることは死と隣り合わせで相当過酷だったであろうことは想像に難くないです。そんな時代から遍路を支える地元の方々のおもてなしが今も受け継がれています。また、遍路は弘法大師の身代わりであり、それゆえ自分自身は歩けないが「お接待をすることにより功徳を積む」ことができるという考えでお接待をされる方も多くいらっしゃいます。

 

 何にせよ、通常見知らぬ土地でいきなり他人から物をもらうと逆に疑ってしまいそうなものですが、それが形のない、けれどしっかりとした文化として残っているのは世界的に見ても四国や小豆島遍路だけのようです。個人的にはこの「気持ち」の文化があるのが一番の価値ではないかと思っています。勘違いをして人々の善意を利用するようなお遍路が増えてこの素晴らしい文化がなくなってしまわないことを切に願っております。

 

 考え方がシンプルになる先ほど地元の人との会話がある話はしましたが、一日中歩くうちのそれは一部であり、ほとんどは一人で黙々と歩くことになります。そうすると歩いている時が瞑想の時間というか、全く無の状態の時もあれば色んなことを取り留めなく考えていたりします。また、小豆島であれば7日間くらい、四国であれば一か月半も続けて歩きますが、毎日することは歩くこと、食べること、寝ること。なんてシンプル。そして荷物は最低必要な物を厳選して持っていきます。歩き始める前は不安であれもこれもと入れてしまうんですが、慣れてくると荷物もどんどん選抜されてシンプルになっていきます。そして毎日それだけで過ごすうち、生きるのに必要な物はこれだけでいいんだ、という断捨離の極意に達します。

 

 前述しましたが小豆島遍路の行程は約145km、四国遍路の約10分の一なので、時間的にも体力的にもハードルは低いです。また、各地で見られるミニお遍路とは違い、小豆島では四国同様に寺社で納経をいただくことができます。それでいて、昔ながらのお遍路道も多く残されているので、ふかふかの落ち葉の上を歩く森林浴を楽しめることも多く、毎日海か山を眺めながら歩くことができます。山手のお寺に上ると、かなり上の方まで来た気がするのに眼下にさっきまで自分がいた集落が見えたりします。そしてその先には海が見えること。俗世から離れたところにいるような、いないような。不思議な感覚です。

 

 島でありながら瀬戸内海で淡路島の次に大きい小豆島には、瀬戸内海で一番高い「星が城」(816m)があり、急峻な山岳の雰囲気があります。ゆえに、本堂が洞窟の中にあったり、はたまた鎖場があったりと、山岳修行の雰囲気が今も十分にある男前な山岳霊場がたくさんあります。初めて小豆島で訪れたのは碁石山でしたが、その時の景色には度肝を抜かれました。

 

 小豆島はオリーブやエンジェルロード、瀬戸内芸術祭など、今のガイドブックを見ればどれもオシャレで女子的なイメージがありますが、元々の小豆島といえば修行の地として最適であり、そういった部分こそぜひ見て感じていただきたいのです。

 

 住職さんが身近四国ではお寺で住職さんとお話できる機会はめったにありませんが、小豆島では住職さんがとてもフレンドリーに話しかけてくださることがよくあります。参拝者は自分だけなのに一緒にお経を唱えてお参りしてくださったり、お茶を出してくださったり。特別なイメージの護摩焚きも、お願いすれば快く引き受けてくださるお寺もあります。住職さん自ら「てくてくお遍路歩き」「女子へんろ」「卒業遍路」などの歩きイベントを企画&開催されたりもしています。

 

 さて、少しはお遍路に興味をお持ちいただけたでしょうか。深く知りたくなった方は、小豆島霊場会のHPをご覧ください。とても分かりやすくまとめられたHPで、歩き方やお遍路の準備、マナーなどほとんどのことを知ることができます。

 

小豆島八十八か所めぐり

 

 

 また、私たちは現在小豆島お遍路の最新地図を作成中で、2020年初めにはできる予定です。完成しましたら当宿HPなどでご紹介しますのでご興味のある方はぜひまた後日チェックいただくか、Sen Guesthouseまで直接ご連絡ください。

 

 四国及び小豆島お遍路は、宗派性別年齢国籍関係なく、誰にでも歩ける開けた巡礼です。無宗教でもいいんです。自分探しのために歩く人も多くいます。順番通りまわらなくても、行けるところから、何年かけてまわってもいいのです。服装も、全部揃えなくても一部だけでもいいんです。(逆に言うと、何か一部はお遍路とわかる物を持って歩く方がいいです。そうじゃないとお遍路さんだと周りに気づかれないので)小豆島のあるお寺の住職様もおっしゃっていました。納経をもらうことよりも歩くことに価値がある、と。

 

 お遍路を歩き始めたまだ最初の頃、どこかの宿で「お遍路は人生なり」というポスターを見かけました。その時は、山あり谷ありの遍路道を歩くことを人生に例えているんだろうと思いました。けれど歩き進めるうちに、迷ったらいつも誰かが現れて正しい道を教えてくれたり、疲れ果てた時にはそれが吹き飛ぶようなお接待をいただいてまた歩く元気が出たり。そうして周りの人に助けられて歩くうちに、あぁあの言葉は、人生もまたお遍路のように、いつも誰かに助けられ、励まされ、救われながら生きている。そういう意味でもあるんだな、と思いました。

 

 人生の縮図を味わえるお遍路。歩きに来ませんか?

 

 

ORICON NEWS2020年1月12日 11時50分


 

posted by: ippoippodo2 | お四国情報 | 09:39 | comments(0) | - |

お遍路に手作り巾着袋とおにぎり 「四国おもてなし感激大賞」  高知・土佐清水の民宿


皆さん、こんにちは!いっぽ一歩堂の店主、佐々木です。

高知・土佐清水の民宿が紹介されている記事を見つけました。

民宿に泊まってお接待してもらえると本当に嬉しいですよ。

 

以下、記事の転記です。

 

 四国4県の観光協会でつくる四国観光協会連合は、観光客の声を基に評価の高い観光事業者などを表彰する「四国おもてなし感激大賞2019」に、高知県土佐清水市足摺岬の「民宿田村」を選んだと発表した。

 お遍路参りで早朝に出発する宿泊者に手作りの巾着袋に入れたおにぎりを手渡す温かいもてなしが評価された。

準大賞には残りの3県から各1団体が選ばれた。

 

 今年で4年目の取り組みで、観光客から推薦があった68件の中からもてなしのレベルや工夫などを審査。

準大賞には吉野川で遊覧船やホテルなどを運営する「大歩危峡観光遊船」(徳島県三好市)▽JR四国伊予大洲駅(愛媛県大洲市)▽コミュニティーバスを運行する香川県三豊市――がそれぞれ選ばれた。

 

 大賞の民宿田村では、お遍路客向けに古い着物をほぐして一つずつ手縫いした巾着袋に入れたおにぎりを昼の弁当として手渡すサービスを続けている。主人の松田正俊さん(59)は客を車で観光案内したり、海釣りに付き合ったりもするという。

1年半前に義父母から経営を引き継いだ松田さんは「お客さんが楽しんでくれれば自分も楽しい。特別に何かしているというつもりはなく、これからも自然体を心がけたい」と話した。

 

 8日に徳島市であった表彰式には大歩危峡観光遊船の大平修司社長(38)が出席。同社は外国人観光客が激減した東日本大震災(2011年)の数日後に訪れた台湾人客が次々と募金に応じるのを見て、近年は外国人客の宿泊部屋に折り鶴を付けたメッセージカードを届けるなど外国人向けサービスにも力を入れているという。

 大平社長は「少しでももてなしの心を伝えたいと続けている。賞に恥じないよう、これからも頑張りたい」と笑顔を見せた。

 

毎日新聞2020年1月9日 08時48分


 

posted by: ippoippodo2 | お四国情報 | 09:53 | comments(0) | - |

絶景を堪能し、護摩祈梼の神秘に触れる 香川・小豆島の「碁石山」


皆さん、こんにちは!いっぽ一歩堂の店主、佐々木です。

香川・小豆島の「碁石山」が紹介されている記事を見つけました。

これを読んでると小豆島に行きたくなりますね。

 

以下、記事の転記です。

 

四国といえばお遍路さんが有名だが、実は香川県の小豆島にも空海が修行や祈念を行ったとされる「小豆島八十八カ所」がある。

 

四国に比べればすごい密度で霊場が存在していることになる。しかも、さすがは離島、札所のほとんどがオーシャンビューだというのだ。一体どんなところなんだろう?

(文・写真 矢口あやは トップ写真は碁石山)

 

絶景中の絶景、碁石山へ

 

小豆島八十八カ所の中でも、絶景の呼び声が高い第二番札所「碁石山」を訪れた。

 

仏教の霊場なのに、入り口にはなぜか神道の鳥居が。江戸時代以前の、仏教と神道が混ざりあっていた「神仏習合」の名残だという。まるでタイムカプセルのように残された景色に出会えるから離島めぐりはやめられない!

 

「碁石山」の入り口 碁石山を登ること10分。標高300メートルの地点で、いかめしいお顔で炎を背負った「浪切(なみきり)不動明王」が穏やかな瀬戸内海を見守っていた。浪切不動明王は、“波を切る”海上安全の仏さまだ。

 

「実は小豆島には険しい地形が多く、岩場や切り立った崖がたくさんあります。それが山岳修行に向いていたため、弘法大師・空海も立ち寄って修行された、というところから霊場が始まりました」とは、碁石山の堂守を務める大林慈空(おおばやしじくう)さん。

 

このお不動さんは、空海が密教の勉強をするために遣唐使の船で中国へ向かっていた時の伝説に由来する。嵐に見舞われ、船が沈没しそうになった時、空海は自分で彫った不動明王像を掲げた。すると大波がまっぷたつ! おかげで無事に日本に帰り着き……と、聖書のような伝説をお持ちなのであった。

 

「空海は讃岐国の故郷と平安京を行き来する中で、小豆島に立ち寄って修行された、といわれています。八十八カ所を巡礼する現在のような形ができあがったのは江戸時代のこと。四国霊場とほぼ同じ時期にできた兄弟のような霊場なのです」(大林さん)

 

 一方で、座禅や瞑想など、動かずに行う修行もある。石段を下りて、本堂に向かうと、本堂はなんと岩の中にめり込んでいた……否、天然の洞窟に寄り添うように建てられていた。

 

 堂内にも壁からニョッキリと岩が突き出ている。洞窟の形に建築を寄り添わせた、昔の人の謙虚な気持ちがいとおしい。

 

天然の洞窟で焚く宇宙的な護摩修行

 

鳳凰窟の内部は広かった。受付所をはさみ、左右にはお地蔵さんたちがまつられる場がある。

 

 暗い洞窟の壁にピカピカ光る星のようなものがあると思ったら、参拝者がくっつけていった硬貨だった。柔らかい地質の岩で、金属を押し付けるとめり込むのだ。

 

 不動明王といえば、護摩(ごま)祈祷だ。煩悩(ぼんのう)の象徴である護摩木をさまざまな供物とともに燃やし、不動明王に大願成就をお願いする真言密教の修法である。

 

「昔は仏さまと一対一で向かい合って自由に祈祷ができるような場所はたくさんありましたが、全国的に見てももうあまり残っていないようです。古くからの祈祷の習慣が今も残るのは離島だからこそかもしれませんね」(大林さん)

 

祈祷所としての役割を色濃く残すこの寺では、毎日、護摩祈祷を行うという。東京都内では月一という寺も多いから、毎日という頻度はそれだけでも珍しい。洞窟の中は周りに燃えるものがないから火の始末が楽なのだそうだ。

 

 とはいえ、目が慣れてくると見上げた洞窟の天井はススで一面真っ黒だ。数百年分のススだという。こんなところで火を焚(た)いて、一酸化炭素中毒は大丈夫なのだろうか?と思ううちに、「では、目を閉じて、手を合わせ、願いごとを胸のうちで唱えてくださいね。始めます」と声がかかる。

 

前には仏壇、後ろには祈祷台。真言密教の読経がろうろうと岩壁に響く。ほの暗い真言の宇宙に飲み込まれ、うっとりと聞きほれていたら、バチバチバチ! 背後で護摩木がはぜはじめた。うっ、背中が熱い。大変だ、かちかち山の気分だ。

 

 最後に、結界として区切られたひもの下に手を差し入れ、炎にかざしてもう1度お参りして護摩祈祷は終わった。どこからか、うっすらと風が吹いてくる。火を焚くと、いつもこうして風が吹き、新鮮な空気と入れ替わるという。

 

振り返ると、洞窟にまっすぐに差し込んでくる光が煙の中に浮かび上がっていた。まるで夜明けを迎えるような凛(りん)とした気配。今や数少ない山岳霊場の神秘的な一面がそこにあった。

 

小豆島霊場 第二番札所「碁石山」公式サイト

 

令和元年12月23日朝日新聞デジタルより


 

posted by: ippoippodo2 | お四国情報 | 10:10 | comments(0) | - |

宝寿寺についてのご案内


皆様、こんにちは。
いっぽ一歩堂の佐々木です。

 

六十二番宝寿寺について四国八十八ヶ所霊場会HPにてご案内がありました。

 

以下、ご案内の転記です。

 

先般来、六十二番宝寿寺についてご心配をおかけしておりましたが、令和元年12月1日より(一社)四国八十八ヶ所霊場会に加入する運びとなりましたのでご報告いたします。

詳細は、下記の通りとなります。

 

    記

四国霊場第六十二番 天養山 観音院 宝寿寺 令和元年12月16日(月)より境内納経所にてお納経いたします。

※六十二番礼拝所は令和元年12月15日(日)をもって閉鎖いたします。

 

参拝時間 午前7時から午後5時まで

納経金額 納経軸(500円)、納経帳(300円)、白衣(200円)

 

posted by: ippoippodo2 | お四国情報 | 09:37 | comments(0) | - |

徳島県内23札所に独鈷杵を設置へ 四国霊場会が開眼供養


皆様、こんにちは。
いっぽ一歩堂の佐々木です。

 

来年、阿波の国を巡る方は探してみてはいかがですか。

 

以下、記事の転記です。

 

 四国霊場1〜23番札所に設置する法具・独鈷杵の開眼供養が25日、徳島市大松町上の口のぶつだんのもり本店で営まれた。

 23の独鈷杵(長さ33センチ)を前に、四国八十八ヶ所霊場会阿波部会青年部の庄野晃隆部会長ら僧侶5人が読経して供養した。来年1月1日から各札所の大師堂に置く。

 空海が「弘法大師」の大師号を受けて来年で1100年を迎えるのを記念し、霊場会が設置を企画。地域文化に貢献しようと、県内札所の独鈷杵はぶつだんのもりが寄贈した。

 

 庄野部会長は「独鈷杵に触れてお大師様の気持ちを持って帰ってほしい」と話している。

 

11/26 13:00 徳島新聞

posted by: ippoippodo2 | お四国情報 | 09:35 | comments(0) | - |

佐喜浜ミニ四国八十八カ所 ガイドツアーも実施


皆様、こんにちは。

いっぽ一歩堂の佐々木です。

 

ミニ四国八十八ヶ所というものが四国の各地に作られていますが、今日は高知県室戸市佐喜浜の八十八ヶ所が紹介されている記事を見つけました。

 

以下、記事の転記です。

 

往時の賑わい、元気づくりに取り組む

土佐備長炭や木材の積出港として賑わい、上方文化の影響を色濃く受けた佐喜浜。市西部の吉良川と並ぶ交易の拠点だった。

いまは1300人あまりが暮らしている海沿いの静かな集落だが、最盛期には1万3千人が住み、映画館や芝居小屋など盛り場があるほど賑わったまちだった。

 

まちの活性化に、NPO法人佐喜浜元気プロジェクトが精力的に取り組む。毎年夏には「夜のジオ市」と題して、多くの室戸市民が押し寄せる。プロジェクトリーダーの東野敦夫さんらによるライブをはじめ地元の産品を生かした料理を販売する。

 

また秋に行われるのが奇祭「佐喜浜俄(にわか)」。250年ほど前に大阪から伝わったとされる、仮装して即興で演じられる芝居が見どころ。社会風刺的な芝居で、座敷では酒が振る舞われ、笑いが絶えないそうだ。

 

そして今、佐喜浜のコンテンツとして地元で推しているのが「ミニ四国八十八カ所」。集落近くの里山に八十八の石仏が点在しており、それをめぐると四国八十八カ所巡礼と同様にありがたい気持ちになり、地元の人を中心に信仰を集めてきた。江戸時代から続いている。

 

ミニ四国八十八カ所のガイドで、佐喜浜元気プロジェクトの西河誠司さんに1番から5番までと88番の石仏を案内してもらった。

 

「石仏に刻まれている文字を読むと、石仏の寄贈者は大阪の人が多いんです。佐喜浜と大阪の交易が盛んだった証やね」。途中で折り返したが、このまま登ると、高台から太平洋の雄大な景観が楽しめるそうだ。

 

88番の石仏をお参りした後、西河さんの畑が広がる。「秋はコスモスが一面に咲いて、八十八カ所を回り終わった人に極楽浄土を感じてもらえるかな?」と笑った。

 

 西河さんら地元ガイドと一緒に歩くミニ四国八十八カ所めぐりのツアーは定期的に開催。参加料は大人1500円。地元産の手打ちそばなどが付くことも。

 

2019.11.13 トラベルニュースat

 

 

 

 

 

posted by: ippoippodo2 | お四国情報 | 09:20 | comments(0) | - |

来年の四国遍路は「逆打ち」御利益3倍


皆様、こんにちは。

いっぽ一歩堂の佐々木です。

お遍路の「逆打ち」について、いわれが書かれている記事を見つけました。

 

以下、記事の転記です。

 

 八十八カ所の霊場をめぐる四国遍路は来年、4年に1度の閏(うるう)年の「逆打ち」の年に当たる。

 

 逆打ちは、通常は1番札所・霊山寺(徳島県鳴門市)から始まり88番札所・大窪寺(香川県さぬき市)で終える巡礼旅を88番から逆に回ること。御利益が3倍得られるといわれる。

 毎年、10万人以上が八十八カ所参りをしているとされ、日本の文化に関心を持つ外国人の注目度も高まっており、トライする人が多くなりそうだ。

 

弘法大師に会う旅。乗り物マニア必見の…

 

 51番札所・石手寺(松山市)には「逆打ち」のいわれが伝わっている。

 

 《約1200年前、伊予国浮穴郡荏原(えばら)の郷(現松山市)に、衛門三郎(えもんさぶろう)という長者がいた。

「泊めてほしい」と1人の僧が訪れたが、「汚いものめ」と突き飛ばし、僧の持っていた托鉢(たくはつ)の鉢が落ちて8つに割れた。この僧は弘法大師空海だった。その後、三郎は8人いた息子を亡くす。三郎は「あの僧に会いたい」と出奔。四国を20周したが願いはかなわず、21回目に逆方向に回ろうと思いついた。逆打ちの始まりで、その年が4年に一度の閏(うるう)年だった》

 

 《三郎の死に際、弘法大師が現れ「よくぞ改心した。望みがあればかなえよう」と言うと、三郎は「生まれ変われるなら領主に生まれ、人を助けたい」と答える。弘法大師は石に「衛門三郎」と刻んで授けた。その後、伊予の豪族に男子が産まれたが左手を握って開かないため、地元の寺で祈願したところ、左手に「衛門三郎」と刻んだ石を握っていた。この奇跡に、寺は寺号を「石手寺」に改めたとされ、通常より難しい逆打ちはその分、得られる功徳は3倍といわれるようになった》

 

 この伝承のように、四国遍路は弘法大師に会いに行く修行の旅とされ、厳しいもの。88カ所の霊場を歩いて回る距離はかつて1400キロといわれ、今は道路整備に伴い約1200キロになったが、それでも1カ月半ほどかかる。

 

 また、苦難に直面しているであろう巡礼者を、たとえみすぼらしい身なりであっても拒むことなく迎え入れる「お接待」の文化が、根付いていった。

 

お坊さんと“同行”ツアーも

 

 「逆打ち」を翌年に控え、伊予鉄グループ(松山市)が運営する「坊っちゃん列車ミュージアム」(同市)はこの秋、展示を入れ替え、四国霊場の特集を始めた。

 

 一般の人が歩き遍路を始めたのは、瀬戸内海の航路が整備された江戸時代とされるが、巡礼者は今ほど多くはなかった。一気に増えたのは昭和28年、伊予鉄が「四国八十八ヶ所霊場順拝バス」の運行を開始してからだったという。

 担当者は「1回目は16〜75歳の24人が参加し、運転手2人、添乗員2人の14泊15日の旅でした」と話す。

 

 ミュージアムには、この1回目のバスを利用した参加者の1人が記録していた「お遍路の記」が展示されている。

 それによると、初めての試みとあって苦労が絶えなかったようで、運転手は5万分の1の地図を頼りにしていたが道路が次第に細くなってバスの転回ができず、30分も細い山道をバックした。風雨の中で乗客が約5キロを歩いたりしたこともあった。

 

 2日目からは「もう嫌だ」という声も出始め、添乗員も「中止やむなし」と考えていたところ、宿泊所となった65番札所・三角寺(愛媛県四国中央市)の住職から「あなたたちは先達。ここでやめてしまえば、後に続く人たちの先達になれない」といわれ、旅を最後まで続けたという。

 

 現在もバスによる遍路は続き、運行する伊予鉄トラベルは今年の新企画として「ご住職様と行く 友引遍路」を打ち出した。JR松山駅発着で、日帰り計15回で結願(けちがん)する。「友引の日」限定出発の旅行商品で、担当者は「友引はお寺さんも動きやすいので、住職さんか副住職さんが同行します。一緒に読経もできますよ」とアピールしている。

 

2019.10.30 16:00プレミアム

 

 

 

 

 

posted by: ippoippodo2 | お四国情報 | 09:14 | comments(0) | - |

第31番札所 竹林寺 秋の秘仏本尊文殊大菩薩 平成の御開帳

皆さん、こんにちは。
いっぽ一歩堂の佐々木です。

今回はいつもお世話になっている第31番札所 竹林寺様の御開帳のお知らせです。

※上画像はクリックすると拡大します。

竹林寺様の御本尊、文殊菩薩は「日本三文殊随一」と称され、広く篤い信仰があり、秘仏のため50年に一度の御開帳となっております。

2014年はちょうどその50年に一度の年となり、春と秋にそれぞれ1ヶ月の間、御開帳されるのです。

秋季は10月25日(土)から1ヶ月間御開帳されるのですが、その初日に開白法要と、稚児練り供養行われるため、参拝してきました。

御開帳初日ということもあり、かなりの参拝客で賑わっておりました。

まずは法要の前に稚児練り行列を、駐車場から境内へ向けて歩きます。


稚児練り供養(行列)には、50名ほどの小さなお子さんが参加されておりましたが、3歳になる我が子も参加させていただきました。

境内まで歩き、今年4月に開眼(入魂)法要が行われた善財童子像の前で法要を行います。


その後、稚児練り供養に参加されたお子さんが像の前で花をお供えしました。


その際に配られた散華もいただくことができました。


それから本堂内で開白法要が行われたのですが、稚児練り供養に参加したお子さんと付き添いの家族は、なんと御本尊の文殊菩薩様の近くでお参りをさせていただきました。

獅子座に騎乗された文殊菩薩様は、もちろん撮影禁止なので写真はありませんが、とても有り難いお姿で本当に貴重な機会でした。

稚児練り供養に参加の皆さんは本堂前で記念写真を撮影。


第31番札所 竹林寺様の秋季の御開帳は、11月25日(火)までとなっております。

機会がありましたらぜひご参拝くださいませ。

posted by: | お四国情報 | 14:35 | comments(0) | - |

お遍路 for Kids【15】



こんにちは、梅原です。


お遍路 for Kids とうとう最終回となりました。




第12番札所焼山寺。






3日目のこの日、子ども達は焼山寺のお参りを終えてからすぐに帰路につかねばならず、高校生チームから1時間以上の遅れをとっていた小学生チームは、帰りの時間の都合によりしかたなく途中の一区間を車に乗せてもらいました。


しかし、帰りの時間の心配が無く、焼山寺に遅く到着しても良い状況であれば、きっと車に乗せてもらわなくても最後まで歩けたのではないかと思うほど子ども達は元気いっぱいでした。







最後の札所でのお参り。



まずは手水場で手と口と心を清めて…







心を込めて最後の鐘を撞きます。












お燈明をあげて…







最後は全員そろってお勤めしました。








お参りと納経を終え、最後に4人でハイ・チーズ!





達成感いっぱいのこの笑顔!


みんな、本当によく頑張りました!
4人はこの3日間の歩き遍路を通して、とっても成長してくれたのではないかと思います。




最後に…、
お遍路から日常生活に帰った後、子ども達が今回の体験についてレポートを書いてくれましたので、是非皆さんに読んでみていただけたらと思います。


今回初めての企画の『お遍路 for Kids』
3日間大変な事もたくさんありましたが、彼らは最後まで弱音を吐かずに頑張ってくれました。

同時に、彼らを四国遍路へと送り出された親御さん方は、きっと心配しながらも子どもさん達を信じて3日間頑張っておられた事でしょう。



最後になりましたが、今回この企画で出会えた四国の方々、ご協力いただいた皆様、本当に有り難うございました。













posted by: | お四国情報 | 22:45 | comments(0) | - |

お遍路 for Kids【14】




こんにちは、梅原です。



柳水庵を一足先に発った高校生チームは浄蓮庵を目指して歩いて行きましたが、一時間遅れの小学生チームは残念ながらこの後、帰りの時間の都合もあり一区間(約2km)だけ車で移動しました。



車を降りてから再び歩き始めましたが、朝からずっと山道を歩いているので疲れていました。






少し休憩して歩き始めると…






椎茸を栽培している場所があり、生まれて初めて椎茸が木に発生しているのを見ました。
子ども達は興味津々。

都会で暮らしていると見れない自然と触れ合えるのも子ども達にとってはお遍路の楽しみの一つになったようです。




川の流れも見ました。






急な山道も歩きました。







みんな疲れてたけど、途中で色んな話しをしながら歩いて、とても楽しかったようです。







朝、藤井寺を出てから約7時間で第12番焼山寺に到着。






2人ともよく頑張りました。






3日間のキッズ遍路、いよいよ最後のお寺となりました。











posted by: | お四国情報 | 22:35 | comments(0) | - |


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小川 リエ
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趣味
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いっぽ一歩堂

会社名
株式会社いっぽ一歩堂
所在地
兵庫県宝塚市野上1-5-10-401A
設立
2008年12月
業務
遍路用品販売 等
ビジョン
「四国遍路の素晴らしさをより多くの方々に知っていただくこと」